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夢のあと

アラサー独身女性のひとりごと。思いつき。不定期更新。

美女と野獣

4月21日公開の、美女と野獣 実写版を観てきた。公開前からとても楽しみにしていたので早めに観られたことは幸せだ。

しかも4DXで。

4DXで観る映画はズートピア以来。前回も今回もストーリーに入り込むまでに乗り物酔いになりそうな感覚に襲われる。でも多分また1年経つと酔ったことも忘れてしまうだろう。

トーリーは、過去にディズニーアニメで公開されたものとほとんど変わらない。

だけど念のためにネタバレ回避として改行する。

 

 

 

 

 

 

 

感想としては「観て良かった」。

もともと「美女と野獣」のベルは、ディズニープリンセスの中で最も好感がもてるキャラだった。

それが何故かは当時の自分ではわからなかったが、今回の実写によりベルの良さがますます際立っている。

ベルは聡明で、勇敢で、強いのだ。

街中で浮いていても無理に理解者を得ようとしない。

自分が好きな本や勉強で見聞が広がる幸福を知っている。

自分が大切にしている家族や本、生き物を大切にする。

野獣と出会ったときも、最初は見た目こそ怖がったが、見た目よりも野獣の発する言動に反応する。野獣とは正反対な、見た目で判断しないタイプなのだ。

 

そして今回の実写化で、ベルが野獣に惹かれた理由がとてもよくわかる。

自分の世界観を共有できる相手は村には誰もいなかった。

だが、ベルが字を読み書きすることに否定をしないどころか、図書室を与えて文学の話題を共有できる野獣という存在。野獣もベルに受け入られたが、ベルも受け入られたと感じるシーンだ。

 

過去を旅しベルが家族を想う姿、そして父親の危機を目にするベルを解放する野獣。

互いの気持ちを言葉で確認し合っても不安に思うのが一般的だ。

だからこそ恋人とか結婚とかで結びつけるのに、野獣はそうはしなかった。

ベルが愛する「自由」を与えたのだ。

その時点で野獣はベルを愛しているのだなと強く伝わる。自分の事情や感情よりも愛を手放してベルを信頼した。

 

ベルの話を聞いてガストンや村人が城を襲うときも、野獣はベルのせいだとは全く思わない。もし野獣に少しでも愛に対する疑いの心があればベルが仕向けたと考えても良い状況なのに。

このシーンを思い出すたびに、愛の強さと難しさを感じる。

 

誰もが心の中に野獣がいる。

過去の過ちや、自分の欠点、嫌悪感、劣等感、レッテル。

自分で認められない、愛せられない部分を誰かに委ねることはとても勇気がいるし恥ずかしい。裏切られたときの傷を思えば、人と深く関わろうとしないようになっていく。

その部分を許したり、理解したり、愛せたりするのか。できるのか。

幸せを祈り、相手の言動のすべてを信じられるのか。信じてもらえるのか。

その実現が難しいからこそ、愛のテーマは昔から人の興味を引いてきたのだと思うし、「美女と野獣」が愛されている理由だとも思う。